純文学のすすめ
皆さんは「純文学」と言うと、どういった印象を持ちますか?
堅苦しい、小難しい、眠くなる・・・以前勤めていた学校の生徒さんは、私の力量不足ということもあって、どうやらそんな感想を抱いていたようです。
そもそも、「純文学とは何ぞや」から説明が必要な人もいるかも知れません。
今回は、中学生が敬遠しがちな純文学作品について、「何ぞや」から出来るだけ嚙み砕いて説明して、皆さんに興味を持ってもらえるように司書として頑張りたいと思います。
また、後半は、そんな純文学の中から中学生の皆さんにおすすめの作品を紹介したり、純文学に限らず、昔から名作と言われている海外の作品からも数冊おすすめを紹介しているので、ぜひ、本選びの参考にしてみてください。
純文学と対象となる文学として、「大衆文学」というものがありますが、実はこの二つの境界線はとても曖昧で主観に委ねられるところも多く、現代のものは特に「これは純文学?それとも大衆文学?」と判断が難しい作品があったりします。
一般的に言われている純文学とは次のようなものです。
【1】純文学とは
人を楽しませたり、感動させたりすることを目的とした大衆文学に対して、純文学は、文章の美しさなどの芸術性に重きを置いています。
例えば、大衆文学と純文学を声に出して読んでみてください。どちらが読んでいて心地良いか、文の調子が良いか、一目瞭然だと思います。芥川龍之介や夏目漱石など、日本の文豪といわれている作家の作品は、音読した時のリズムがとても心地良いものです。これは、ストーリー展開よりも文章の美しさそのものに磨きをかけたが故の結果です。
最近では、自分で読む読書以外にもオーディブルなど、耳で聞く読書アプリもありますから、活字が苦手な人は、こういったアプリで純文学の美しい文章を聞くのも良いかもしれませんね。
大衆文学のようなハラハラドキドキのストーリー展開はありませんが、その分、登場人物の心情や、情景が丁寧に描かれているので、落ち着いて物事を考えたい人に純文学はピッタリです。
そもそも、英語に「純文学」という言葉はありませんから、これは日本だけの独自なジャンルです。よって、「反抗精神を歌っているから、これはロックだ!」というような、誰もが納得できる明確な目印がなく、芸術という主観的でどこか曖昧なジャッチのみで分けられているのが、冒頭でも言った、素人目で見て判断が難しい理由となっているのかも知れませんね。
【2】現代にも純文学はある
普段小説をあまり読まない人の中には、純文学というものは、ひと昔前の作品で、作者はすでに死んでいて・・・なんて思っている人がひょっとしたらいるかも知れません。
ところがそれは大きな間違いです。
おそらくその考え方は、「近代文学」と「純文学」という言葉が、ごちゃ混ぜになってしまったが故の誤りだと思います。近代文学は、近代(日本に限定すれば明治維新以後)に成立して発達してきた文学のことを言うので、ひと昔前という考え方は間違いではありませんが、純文学にこういった時代の括りは一切ありません。
近代であろうと、現代であろうと、芸術性に重きを置いている作品は、全て「純文学」と呼んで良いのです。
近代文学は、現代の小説を読み慣れている人からしてみれば、難しく感じる言い回しがあるかと思いますが、現代の文体で現代の作家が書いているのであれば、それだけで、取っ付きにくさは大分無くなるのではないでしょうか。
現代文学における、純文学作家といえば、まず頭に思い浮かぶのが村上春樹さんです。
ノーベル文学賞の時期になると「今年は授賞なるか?!」と、毎度、騒がれているあの作家さんですよ。
純文学入門としては、とても読みやすい作家さんだと思いますので、ぜひ、挑戦してみてください。
セリフ回しが少しキザに感じたり、文章からその場面がありありと思い描けたり、大衆文学とは一味違う文体に気づけたら、ぜひ、自分を褒めてあげてくださいね。
【3】中学生に純文学を進める理由
私が純文学を中学生の皆さんにおすすめする理由は、大きく分けて二つあります。
➀味わい深い人になれる
最近はどこの学校も、朝の10分間読書なるものがあって、普段本を読む習慣のある生徒さんも、そうでない生徒さんもこぞってその10分間は読書タイムを取ります。子どもたちの読書離れを止める策として、司書としてとても良い習慣だと思ってはいるのですが、普段本を読まないものからしてみれば、この10分は残念ながら苦痛でしかなく、生徒さんは何とかその10分間を乗り切るために、短い時間でどんでん返しが気楽に楽しめる本を血眼になって探しに図書館へやってきます。
そんな生徒さんが決まって言うセリフが、
「短い話でストーリーが分かりやすくて、どんでん返しがあるようなやつ!」
です。
残念なことに10分間という、短い読書タイムにすっかり慣れてしまっているのです。
本来、読書は時間を忘れてのびのびと読むことが醍醐味の一つであったはず。この10分間の読書タイムがきっかけとなって、本来の楽しみ方までたどり着けた生徒さんは良いですが、これを読書の楽しみ方と思って常に「起承転結」、「どんでん返し」だけが読書の面白さであると、はき違えてしまうのは、とても残念でなりません。
純文学は、物語を読む側に衝撃や感動を与えることが目的ではないために、ストーリー展開は至って緩やかです。緩やかな中に、主人公の思考が丁寧に描かれていたり、情景が美しく描かれていたりというような味わい深さがあります。
直ぐに結論が出てしまう本が良くないとは言いませんが、短い時間で結論を求めがちな中学生にこそ、こういった結論を急がない読書に挑戦して小説の味わい深さに触れてほしいと思います。
その経験を重ねることで、物事にある奥行きに気づき、知的で味わい深い人になれるのです。
➁受験や社会に出る上で役立つ
何度も言いますが、純文学は文章の美しさが特徴の一つとしてあります。それ故に、沢山の作品を読んでいくうちに、自ずと自分自身の文章能力も身についていくのが嬉しいおまけかも知れません。
例えば極端な話ですが、巷で人気の携帯小説ばかりを読んでいる生徒さんの文章は、文体がおかしなことになっていて、作文の文章の末尾に平気で「♡(ハート)」を付けるのだと国語科の先生が頭を抱えていたことがありました。
これは少し極端すぎたかもしれませんが、早い話がそういうことなのです。美しくないものを見たり聞いたりして育った人は、それを素晴らしいものだと認識するしかありませんが、長く本物に触れていれば、何が本物か目利き出来るようになり、自ずと自分自身も影響を受けるというわけです。
どのような文章が美しいと言えるのかを知っておくことは、今後、小論文などを書く際にも大いに役に立つことでしょう。
また、受験対策として純文学作品を読むこともおすすめしたいです。受験で初めて純文学に触れて、その分かりづらさに「意味が分からない」と頭を抱えることがないように、普段から「純文学とはこういうもの」と理解して、起承転結が緩やかな純文学の持つ曖昧さに事前に触れておけば、当日になって「なんだこれは」と慌てる心配がありませんね。
中学生におすすめ!名作・純文学
それでは、ここからはいよいよ中学生の皆さんにおすすめしたい名作・純文学について紹介していきたいと思います。
冒頭でも述べた様に、純文学に限らず、昔から名作と言われ、世界中の人たちに読み継がれてきた作品も紹介していますので、ぜひ、この機会に挑戦してみてくださいね。
【純文学のおすすめ】
『こころ』夏目 漱石/著 新潮社
こちらは、「先生と私」、「両親と私」、「先生と遺書」の三部構成からなる、人の心の内を丁寧に描いた夏目漱石の代表作の一つです。タイトルにもなっている「こころ」が、「いったい誰の心なんだろう?」と読む前から読み手の心をくすぐります。
この物語の核となっているのは、主人公である「私」が「先生」と呼ぶ男の過去であり、「先生」は、過去の出来事に長い間囚われ続け、やがて、「私」に書いた遺書で、全てを告白します。友情ではなく、恋を取って友人を出し抜いたことにより、起こってしまった最悪の結末。それをずっと内に秘めてきた「先生」の寂しさが文章からは垣間見えます。その「先生と遺書」の中で描かれた細かい心理描写がこの小説の旨みの一つであり、タイトルの所以となっているのではないでしょうか。読んでいると、人間の弱さや寂しさが深く心に染み渡ります。
人の心の内を丁寧に描き切っているので、感受性が高い時期に、ぜひ一度読んでほしい作品です。
『蜘蛛の糸・杜子春』芥川 龍之介/著 新潮社
「年少者向け」とあとがきにもある通り、こちらは芥川龍之介の作品の中でも比較的読みやすい10作品を集めた短編集です。「名前は聞いたことがあるけど、難しそう」。そんな風に思って、これまで遠ざけてきた人にこそ、読んでほしいと思います。
古典、宗教、寓話など、様々な要素が物語の中に感じられ、未就学児にすら読み聞かせ出来そうな「わかりやすさ」や「読みやすさ」があります。文章がとても美しいので、(私の中で)声に出して読みたい小説ナンバー1と言っても過言ではありません。芥川龍之介と言えば、洗練された高雅な文体。美しい言葉で語られる情景に、ぜひ、酔いしれてみてください。
★『蜘蛛の糸・杜子春』は、株式会社KADOKAWAの児童書レーベル角川つばさ文庫からも出版されています。こちらは小学生でも読むことが出来ますよ。
『羅生門・鼻』芥川 龍之介/著 新潮社
お次も芥川龍之介の短編集です。表題作である『羅生門』は、文章から醸し出されるおどろおどろしさが何とも不気味で惹きつけられる作品です。『鼻』は、『今昔物語集』の「池尾禅珍内供鼻語」や、『宇治拾遺物語』の「鼻長き僧の事」を題材としていて、コンプレックスによる人間の心理やエゴイズムなどが掘り下げて書かれている芥川龍之介の出世作です。芥川は学生時代、夏目漱石にこの作品を評価されて作家デビューしたらしいですよ。
先にご紹介した『蜘蛛の糸・杜子春』よりは、人間のねたみや非情さが目立つ作品が多く、少し小難しく感じる人もいるかもしれません。後の三好行雄さんの解説までじっくりと読むことで、納得できることも多くあるかと思いますので、『蜘蛛の糸・杜子春』の次に腰を据えて読む芥川作品として、ぜひチャレンジしてもらいたいです。
『李陵・山月記』中島 敦/著 新潮社
こちらは、『山月記』、『名人伝』、『弟子』、『李陵』の4作品が収まった短編集です。
『山月記』は教科書にも載っているので知っている人も多いのではないでしょうか。自尊心や羞恥心が心の奥底で膨らんで虎となってしまった男の話ですが、中国の古典を元に書かれているので、難しい言い回しが多かったり、物語の途中に漢詩が出てくることもあり、普段、漢詩に触れることがない私たち日本人は少し身構えてしまうところもある作品かも知れません。ただ、それでも、高校生の頃にこの話を読んだ私は、難解な文章以上に、虎になった男の話が衝撃的過ぎて、最後までどうなるものかと読み進めることが出来たのです。まるで、カフカの『変身』の舞台を中国に置き換えたような変身譚で、ぐいぐいと読者を引き込んでくれる作品です。
★『李陵・山月記』は、株式会社KADOKAWAの児童書レーベル角川つばさ文庫からも出版されています。こちらは小学生でも読むことが出来ますよ。
『雪国』川端 康成/著 新潮社
物語冒頭の、「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった」という一文が有名すぎて、『雪国』を読んだことがなくてもこの一文を知っている人は多いのではないでしょうか。
この一文からもわかるように、この作品は、これぞ純文学と思わずため息をついてしまうほどに自然描写が美しい作品です。内容は大人の恋愛物語なので、学生の皆さんに合うかどうかは正直何とも言えませんが、まるで一つの映画を見ているように情景が鮮明でとにかく素晴らしいので、ぜひ、そんな文章表現の美しさに酔いしれていただきたいです。
『海辺のカフカ』村上 春樹/著 新潮社
こちらは、村上春樹の小説には珍しく10代の少年が主人公となっている作品なので、春樹作品の中でも中高生の皆さんにとって、特に読みやすい作品なのではないでしょうか。他の純文学作品に比べて、難解な文体というわけでもないので、初めて純文学に挑戦する人も比較的読みやすい作品だと思います。
この作品の面白いところは、家出をした15歳の少年、田村カフカが主人公である話と、知的障害の老人、ナカタサトルが主人公である話、この二つの物語が同時進行で進んでいくところです。読み進めていくうちに、この二つの物語が実は無関係ではないのかも?と感じ始めると、ページをめくる手がもう止まりません。
読み進めながらいろいろな気づきを得ていただきたいので、詳しいあらすじについては触れませんが、沢山の仕掛けが散りばめられている作品です。噛めば噛むほど味が出るといったような、一度ならず何度も読むことで深みを増していく小説なので、ぜひ、結末を焦らずじっくりと読んでほしいと思います。
【海外名作のおすすめ】
『老人と海』ヘミングウェイ/著 新潮社
こちらは、老漁師と大物マカジキとの二日間もの死闘を描いたヘミングウェイの作品です。
静かに、ただ静かに、大海原でひとり格闘する老人サンチャゴを見ていると、老いや自然の力に屈することなく、今の自分が持つ全力でマカジキに挑む姿に心を持っていかれます。死闘後の話を読んでいると心にぽっかりと穴が開いたような虚無感に襲われそうになりますが、何事もなかったかのように淡々とまた漁へ出る老人に精神力の強さを感じて救われたような気持ちになる人も多いのではないでしょか。老人と少年との関係性も素敵で、海の上での孤独な戦いの最中に何度も「あの子がいてくれたら」と思う老人の様子から、きっと少年が思っている以上に少年の存在は老人にとって大きなものであったように思います。
ヘミングウェイはこの作品で、ピューリッツア賞を受賞し、1954年にはノーベル文学賞も受賞しました。ヘミングウェイの代表作の一つなので、ぜひ一度読んでみてください。
→司書が選んだ読書感想文におすすめの25冊
『変身』カフカ/著 新潮社
こちらは、主人公の青年が、ある朝起きたら巨大な害虫になっているという物語で、虫嫌いの私はぞわぞわしながら読み進めていった記憶がありますが、読めば読むほど、この害虫があまりにも哀れで、なんとか最後は人間に戻らせてあげたいと、いつしかこの害虫に感情移入している自分がいました。
青年が害虫となってしまったことで、青年に対する家族の接し方がそれまでと違うものとなってしまった理不尽さが読んでいて胸に突き刺さる作品です。
自分の家族が、もし、これまでの家族とは違うものになってしまったら、自分だったらどう行動するか・・・。ありえない物語を現実世界と照らし合わせながら読んでみるのも面白いかもしれませんね。
『種をまく人』ポール・フライシュマン/著 あすなろ書房
物語は、ごみ溜めのようになってしまった土地に、一人の少女が豆の種を植えるところから始まります。
やがて、年齢や人種も違う、多種多様な人々がそこに種をまくようになり、いつしかごみ溜めは立派な菜園となっていきました。菜園を通して紡がれていく13人それぞれの物語がそこにはあり、最初の少女のひと植えが、幸せの連鎖に繋がっていく過程が読んでいて何ともハートフルで心を動かされる作品です。
とても短く、読みやすい小説なので、何かの合間や就寝前などに、ぜひ、手に取って読んでもらいたいと思います。
『最後のひと葉』オー・ヘンリー/著 岩波書店
オー・ヘンリーを知らずとも、どこかしらでオー・ヘンリーの作品に触れている人は少なくないのではないでしょうか。
クリスマスに互いのことを思い、プレゼントを選び合う夫婦の物語『賢者の贈物』、病気の女画家と老画家の心温まる物語『最後のひと葉』などは絵本にもなっている有名な作品です。
14編が収録された短編集ですが、どの話もただオチがあるだけの作品ではない、深い感動やしみじみとした余韻の残る話ばかりであり、英米で短編の名手と呼ばれていたオー・ヘンリーの手腕を感じられます。
朝のわずか10分間の読書に、このような深みある短編集に挑戦してみるのもおすすめですよ。
★株式会社KADOKAWAの児童書レーベル角川つばさ文庫には、「賢者の贈りもの」「最後の一葉」「警官と聖歌」など、よりすぐりの10編が収録されています。こちらは小学生でも読むことが出来ますよ。
まとめ ~就寝前の読書に。~
「なかなか読む時間がない」と、日頃から読書に消極的な人は、まずは、就寝前の1時間を読書の時間にしてみてはいかがでしょうか。
布団に入って、本を開く。誰にも邪魔されないその1時間にピッタリなのが、今回紹介した純文学であったり、海外の名作であったりします。想像力掻き立てられるファンタジーや、ハラハラドキドキのストーリー展開の冒険物も良いですが、就寝前に読むには少し目が覚めてしまいそうですよね。就寝前だからこそ、美しい日本語から登場人物の心情や情景を思い浮かべながら、「起承転結」に囚われない読書をぜひ楽しんでみてください。